2009年7月 2日
イースターバニーとハワイ
復活祭は移動祝日といわれ、もともと太陰暦にしたがって決められた日であったため、太陽暦では年によって日付が変わる。グレゴリオ暦を用いる西方教会では、復活祭は3月22日から4月25日の間のいずれかの日曜日、ユリウス暦を用いる東方教会では、グレゴリオ暦の4月4日から5月8日の間のいずれかの日曜日に祝われる。国によってはキリスト教の習慣に従って翌日の月曜日も休日にすることがある。
もともとは復活祭はユダヤ教の過越の祭りと同じ日に祝われていたと考えられている。過越の祭りはユダヤ教の暦で「ニサンの月」(3月~4月にあたる月)の14日に固定されている。しかしキリスト教がユダヤ教から離れ、各地に広まっていく中で、復活祭をいつ祝うかということで2世紀頃から論争が起こることになった。これを「パスカ論争」という。
すなわち小アジアの教会はユダヤ教以来の伝統に従ってニサンの月の14日をパスカ(復活祭)として祝っていたため、平日に祝われることもあった。一方、ローマをはじめ多くの教会ではイエスが復活した日曜日を主イエスの日として優先するため、復活祭(パスカ)も復活の日である「ニサンの月の14日の後の最初の日曜日」に祝う習慣であった。初期キリスト教では、各地方に根付いた習慣は排斥されることがなく、論争の過程でも、むしろそれぞれの地方の慣習と伝承を尊重することが勧告されたが、やがてどちらか一方に統一しようという動きが強まった。
325年におこなわれた第1ニカイア公会議は小アジアの教会の主張を退け、全教会で復活祭を同じ日曜日に祝うことを決議した(残念ながらこの公会議の文書資料は残されていない)。そこで、復活祭を決定する権限は誰にあるのかという問題が起こってきた。公会議はとりあえずアレクサンドリアの教会に復活祭の日付の決定をゆだねている。なぜなら当時アレクサンドリアが地中海世界でもっとも学問の盛んな都市だったためである。
アレクサンドリアの教会では、復活祭は「(太陽暦でいうところの)3月21日以降で最も早い(太陰暦の)14日の次の日曜日」に祝う習慣であったため、東方の教会は第1ニカイア公会議の決定に従ってこのアレクサンドリア方式を採用した。しかし、この決定方法は非常にわかりにくいものだったので中世になるとこれが「復活祭は春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」という表現に変化していった。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
このような関係があるんですね。とても意外でした。
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